壮絶な出産の記憶

◆ 家族とわたし

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なっちゅネエネの誕生日に寄せて

平成16年9月7日(火)午後8時26分、福田家の長女として、なっちゅが誕生しました。

  • 分娩の経過「硬膜外麻酔による疼痛(とうつう)緩和、吸引+児圧出」
  • 分娩所要時間「70時間29分
  • 出血量「多量(600ml)」

母子健康手帳の記載を見て、改めて壮絶な出産だったことを思い出します。

妊娠が分かった時、本当に嬉しくて、心が躍りました。東京からの出張の帰りの電車で、悪阻が始まり、その悪阻があまりにも重くて、何も食べる事ができず、一気に5kg体重が減少。1週間の入院となりました。入院しても悪阻が治まるわけではなく、何も食べることができない点滴生活。でも、毎日のエコー検査で、お腹の中のなっちゅの成長を見る事ができ、辛さを乗り切る事ができたのを覚えています。

悪阻が治まってからは、とっても順調で、妊娠6か月の私の誕生日に結婚式を挙げる事もできました。

おしるしがあったのが、9月4日(土)の夜。陣痛も始まったため、主人と一緒に、かかりつけの大阪医療センターに車で向かいました。長くても1日くらいで、なっちゅに会えると思い、主人も立ち合い出産の為、ビデオもバッチリ準備して万全の体制でした。

ところが・・・強い陣痛は来るのですが、子宮口が全く開かず、痛みに耐える長い時間が始まりました。あまりの痛さに耐えきれず、「先生、助けてください!」と懇願したことも記憶しています。個人病院でしたら、そこですぐに帝王切開になったと思うのですが、大きな病院で、自然分娩を第一に考えていて、私の体力もまだ大丈夫だと思われたのでしょうね。帝王切開にはならず、代わりに、痛みを緩和する為の、『硬膜外麻酔』を打って下さいました。痛みが緩和されるのは一時的。しかもどんどん強くなる陣痛に麻酔が効いている時間も短くなって痛みを感じている時間の方が長くなってきました。その間、大阪も揺れる地震があり、台風18号も通過。電車も止まってしまったのですが、その時は、妹と主人が付き添ってくれていました。

いよいよ子宮口も開き、痛みが最大になった時、主治医の先生と、麻酔を担当してくれた先生が、主人と妹も外に出るように促し、『吸引』と、私のお腹を強く押す事で出産を促す『児圧出』により、やっとやっと、なっちゅが出てきてくれたのです。

なっちゅの顔を見た瞬間に、それまでの痛みも吹き飛び、『ありがとう。ありがとう』と大泣きしたのを覚えています。妹も主人も大泣きでした。

あれから14年。様々な経験を重ね、なっちゅは、みっちゅくん(長男6歳)の姉『なっちゅネエネ』となり、頼りになる、福田家自慢の娘に成長してくれました。母ちゃんに叱られた時のすり抜け方もとっても上手で(笑)、夢に向かって自分で考えて行動できる女性になりつつある姿に、私も刺激をもらっています。まだまだこれから、山あり谷ありの修行の日々が待っていると思いますが、素敵な仲間との出会いに感謝し、家族で一緒に成長していきたいと考えています。

なっちゅネエネ、福田家を選んで生まれてきてくれて、ありがとう!
心からの感謝と氣愛を込めて💛

【笑顔一杯2歳のなっちゅ】
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