私の娘は父をどう思っているのでしょうか。

「父はあまりにも完璧主義すぎて、少し息がつまりそう。でも、お母さんを大切にするので、尊敬しています。」と無難な回答が予想されます。

更に80歳を過ぎた父のブログの内容は、それぞれの分野(文学、音楽、科学、宗教等)の関係者が、少しくつろいで夜話風(やわふう)に書いているようでもあり、教祖的な匂いも感じられ、コメントがとても難しいと。

私が、長女、次女にブログの感想を督促すると、次女は「時には泣きながら(母にからむ記述の時か)文字を打ち込んでます」と答えてくれます。

長女は、キャリアコンサルタントとして、多くの講座(私にはシステム絡みは全く解りませんが)を持ち、 “雅子先生” と多数の受講者(大学生や若い社会人等)に人気があるようで、「私のエッセイは、最新のトレンドと結構リンクしている」と力説してくれます。

但し、2人の孫を連れて里帰りし、ワインをかなり飲んでからの話ですが(笑)

この時、私は妻と一緒に飲めない事を一瞬忘れようと、 “時の流れに身を任せて” おります。とにかく、二人の娘の存在は、私の心に栄養を補給してくれている事は間違いありません。

それでも時々、泣きそうになります。

天明の飢饉で餓死者多数

たかだか230年程前(2300年前ではありません)の天明(1782年~1787年)の2年間で、100万人が飢饉により、餓死したといわれます。現代の感覚では、全く理解できません。

今は、餓死者が2人出てもニュースになります。特に奥羽地方は最悪で、人肉も食したと伝わります。

1783年の浅間山の噴火は、死者2,000人、噴煙により気候が寒冷化した事が主因と言われております。

丁度、この時期は、田沼時代と言われ、賄賂政治が時の老中、田沼意次によって主導されたかに言われておりますが、近年は、貿易振興、北海道開発、新田開発等、幕政の積極的な改革を推進した功労者だったと、評価が変わって来ております。

天災による民心の離脱が主因で失脚しました。その後、徳川の血を引く、白河藩主、松平定信が倹約令を柱とする「寛政の改革」を断行、しかし、庶民からは不評でした。当時の狂歌に「白河の清きに魚(うお)も住みかねて、もとの濁りの田沼こいしき」という名句があります。

気候変動により、食料が欠乏した場合、現代は当時と違い、輸入は可能でしょうが、深刻になれば、それぞれの自国民防衛が最優先となります。

自給率の拡大は最重要テーマです。

私と妻が初めて泣いた日

結婚して半世紀、パートナーに解るように泣いた事はお互いにありませんでした。

平成26年12月25日深夜、妻がトイレに行き、トイレから出る時に転倒しました。一年位前から、就寝してから3回はトイレに行くので、私なりに気を配っていたのですが、転倒する大きな音がしたのです。反射的に飛び起きて近づくと、口や鼻から血を流しているのです。

男は血に弱いと、後から思いましたが、気が動転しました。よく見ると上の前歯2本も内側に曲がっているのです。どのようにして転倒したのか、今でも解りません。私は、為すすべも無く、初めて大声で泣きました。

次に、3ヶ月前の平成30年8月27日午後、老人ホームに入居して1年5ヶ月になる妻を、いつも通り訪ねると、「私はどうしたらいいの?」と、妻が子供の様に大声で泣くのです。私は胸をえぐられました。「私どうしたらいいの?」と妻が澄んだ声で言うのは、ホームの中でも有名になっておりましたが、私に向かって泣くのは初めてでした。

翌日、妻に語りました。「あなたは今まで生まれ育った宮島のお店(お土産店)を一所懸命守り、結婚してからは家庭を守り、立派な子孫を残し、社会的な活動も充分したので、今度は自分の体を人に預ける役目(?)に廻っているのです。いつも “ありがとう”、“ありがとう” と言っていますが、それで充分役目を果たしているのです」と。

私は、午前と午後2回、必ず妻を訪ねる事を再決意したのです。

台風21号襲来~またまた想定外~

8月31日のブログで「異常気象頻発時代へ突入」と題し、豪雨、水害の次は台風です、と述べました。4日後の9月4日、台風21号が襲来、自宅は停電、その間は断水とダブルパンチでした。皆様の所はいかがでしたか。

自宅(マンション3階)前の緑陰道路の巨木(円周2m級)が多数倒れ、風景が一変しました。関西空港の連絡橋に衝突したタンカーに設置されていた風速計が、上限の秒速60mを超え、計測できなかったとの事です。
【カテゴリー】ふと思うこの世の疑問 | 氣愛塾

私のブログで「風速80m以上の超大型台風も想定し、防備を考えなければならないかもしれません」と述べましたが、今回の台風の瞬間最大風速は、ここではこれに近かったのではと推測します。鉄筋コンクリートの電柱も風の力で多数倒れていますから。

これからは、50年に一度ではなく、毎年来ると覚悟して、防備を国や自治体、企業だけでなく、個人レベルでも真剣に考える必要があります。今回の体験で感じた事を例記してみます。

①80年、生きて来て、風の音(空気の移動)に初めて恐怖を感じました。
②阪神淡路大震災でも経験しなかった、停電と断水54時間は老体にはかなり打撃となりました。
③明るい世界に慣れている現代人にとって、闇がどれ程ストレスになるか痛感しました。現代は、電力文明である事をつくづく感じさせられました。
④同じマンションで暮らしていながら、会った事も話した事も無い、多数の人々と体験が共有でき、対話がはずんだのはプラスでした。
⑤非常時が解消された後、強いストレスの後遺症が現れ、体調不良がなかなか取れませんでした。
⑥照明器具(含電池)の補充、扇風機(電池式)の調達等は必須と思いました。

最後に一刻も早い復旧に大活躍された、多くの方々(私達の目に入らないところで)に感謝します。自身も停電中だったかもしれません。今回の経験を生かし、来シーズンに備えたいと思います。

⑧霊に関するレポートの難しさ

霊に関するレポートは大変微妙で、読者の関心や認識の程度、年齢等により評価が大きく別れやすいと思います。

更に霊に関して何か発言したり、文章化したりするには、かなり勇気が必要です。政治学の権威である日本行政学会の理事長も務めた、某教授が出版した本の中で、霊魂の存在は確かな事実だと述べていますが、前書きに「この本を出版する事は、これまで政治学をやってきた自分の科学者としての義務だと思う」と強調しています。大変、勇気を要した事が伺えます。

また、ある日本の心理学者は「本書では誤解をさけるため霊媒ではなく、特異能力者と表示する」とするなど、霊という言葉だけで非科学的とする空気が濃厚です。

私達が奉信する科学とは、広辞苑には「観察や実験など経験的手続きにより実施されたデータを論理的、教理的処理によって、一般化した法則的、体系的知識」とあります。既に何度も述べた通り、人間の五感は大変制約されたものです。実生活には適しておりますが、科学的観察や実験には向いていません。

宇宙をどんな優れた望遠鏡で観察しても、真の姿を理解する事は無理だとも言われています。霊に関するアプローチは、その仕方によって無限の広がりを持っております。私達は、普段、霊について真正面から考える機会は、宗教的関係者を除いてほとんどありません。この一連のブログが自分の答えを探すきっかけになる事を願います。

その答えは、ひとりひとりの心の中にしか現れないものですから。

日本では、毎日、千人単位の方が、 “あの世” へ旅立っています。どんな体験をしているのでしょうか。霊格に応じてた世界が待っているようです。色々な見解はあるでしょうが、私達はいづれ必ず、体験できそうです。

楽しみにしようではありませんか。

最後に死後の世界の大博学者グレゴワール教授の名言を記して、8回に亘ったシリーズ完了します。
熟読(?)ありがとうございました。

ー自分は死後にも生きるものだと信じた場合には、そう信じない場合よりも一層生き残るものであり、結論としていえるのは、 “この世” における存在中に死後の生命が創造されるのであり、 “この世” で不死性を信ずる信じ方の程度によって、人は実際に不死となる。ー

⑦霊格を高めるためには

はじめに、霊格とは “心(魂)の修業がどのレベルまで達しているかを現す尺度” と定義しておきます。

10年ほど前に、「精神性(人間性)」を高める基本と題する五ヵ条の文言を入手し、洗面所に掲示したのですが、今年(平成30年)正月に、ハッと啓示を受けたように気づいたのです。「霊格を高める基本」に書き変えるべきだと。

〇今日一日親切にしよう
〇今日一日明るく朗らかにしよう
〇今日一日謙虚にしよう
〇今日一日素直になろう
〇今日一日感謝しよう

もうお気づきですね。8月22日のブログ「人の心をつかみ、人生を豊かにするには」で既に紹介しております。

そこでは、「霊格」を高める五ヵ条ですと説明するには唐突で、手順が必要だったという訳です。この五ヵ条の前では、ほぼ例外なく、腹を立てたり、苦情を言う人はおりません。これが、霊格を高める基本だと霊界通信も伝えている事に気づきました。

この五ヵ条を発案した賢者は、本当は精神性(人間性)ではなく、「霊格」としたかったが、中々理解してもらえないと判断したのでは?と推理します。

どうも宇宙の摂理は “あの世” よりも “この世” が五感も制約された物質界なので、私達の霊格を高めるためには、最適(難度が高い)として “あの世” から “この世” に期限(寿命)つきで送り出しているのではないか。そして、「 “この世” での修行に専念しなさい。 “あの世” の事は戻れば解る事なので、今は知らなくてよい」とのプログラムが人間の脳にセットされているのでは、と思ったりします。

死期が迫って、ようやくこれが解除されると考えれば、何か辻褄が合うような気がします。 “この世” での容姿や地位、財産(物質)は “あの世” では全く通用せず、霊格のみが財産となる事を知っておく事が大切と、霊界通信は伝えております。

さぁ、今からでも遅くありません。霊格を高める努力をしましょう。

⑥私達はどこから来てどこへ行くのか

いよいよレポートの核心部分です。 “あの世” と “この世” の仕組みが、おぼろげながら解った所で物語を作ってみます。

“この世” を海、“あの世” を陸地、その境を港、私達の肉体を舟に例えて語ってみましょう。私は “この世” でもう少し心の修業せよ、との天命(摂理)で、 “あの世” と “この世” の境にある母舟(胎内)に着きました。

胎内に入るには、精子と卵子の結合が必要で、数十億から数百億分の一の確率で肉体(舟)が発芽します。私の使命(修業の種類)により、どの胎内に宿るかが決まります。この段階では “あの世” の霊感がそのまま保持され、母体内で外界の様子も知っておりますが、出産で外界( “この世” )に出ると、徐々にその霊感は消滅し、制限された人間の五感となります。

出産すると、親舟や小舟と共に、大海原へ出航します。尚、私には帰港( “あの世” へ帰る)の期限(寿命)が決められております。学校の卒業期限が決まっているのと同じです。航海は凪あり、嵐あり、時には難波の危機もあり、多難ですが、他舟の航行も見守り、霊格向上に努めながら、何とか乗り切り、決められた帰港期限までに帰着し、下船します。

冥府で一休みして、私の霊格に適合した界層へ向かう事となります。帰港以前に難波(航行不能)した場合は、守護舟(霊)が救助に向かいますが、決められた帰港期限(寿命)以前に、舟を自損(自殺)したり、 “この世” に強い執着を持った遭難船の救助は、大幅に遅れ、長期間、海原を漂う事となります。これらの舟は浮遊霊、地縛霊と呼ばれております。

おおよそのイメージがつかめたでしょうか。

⑤死後の世界はあるのか

古来より、死後の世界についての論争は絶えません。特に日本では唯物思想(ゆいぶつしそう~世界の本体は全て物質である)が根強く残っております。

加えて私達は “この世” の事が最優先で、実利性に乏しい “あの世” の事は、お盆にちょっと考えるのが大勢のようです。

さて、高名な物理学者エディングトンは「物質世界は四次元(縦、横、高さに時間を加えたもの)の連続体が持っている、色々な性質の中から必要な物だけを、心が選び出した物である。それが、物質世界 “この世” である。引力や電磁気等の法則も、みんな、この根本的な世界の構造の現れである。物質世界と全然別個な世界が、四次元連続体の中に沈黙しているが、これは、私達の心では分からない。ただ、私達の心とは根本的に違った心が、これを引き出す事ができる」と唱えております。

死後の世界を確かめるには、霊界通信と呼ばれ、霊媒を通じて “あの世” と対話する方法があります。発明王、エジソンも晩年、霊界との通信方法について強い関心を持っていたと伝わります。英国心霊研究協会が取り扱った一例を紹介しましょう。

古代ギリシャとラテン語を用いた三つの言葉を同時に、三人の霊媒(イギリス、インド、アメリカにそれぞれ存在)に送ってもらい、それをつなぎ合わせて言葉の意味を読み解く、というものです。 “あの世” からの発信者は高名だった古典学者達でした。結局、こんな難解な詩をよこせる学者は “この世” に存在しないと2年以上かけて結論を出し、本物と判定されました。

霊界通信での多様な記録が残っておりますが、 “あの世” の構造は大略、以下の様になっているようです。

まず、人間は死後 “あの世” へ入る準備的な中間地帯(冥府)で休息し、 “この世” での生活を振り返り、血族や霊的に親しかった人たちと交流します。 “あの世” には七つの界層があり、上位階ほど波動が早くなり、その違いから低階層では上階層を知る事ができません。どの界層に行くかは、自身の霊格に応じて自然に決まります。自分自身が選ぶという表現に近いのです。平均的には、三界層に行くようで、 “この世” の暮らしと似ているようですが、相手と波長が合えば瞬時に会え、食べたい物は、思念すればいつでも手にする事ができる等、行ってみなければ全く理解できない世界です。誰もが必ず行く世界なので、 “この世” であれこれ考えても始まりません。尚、一~二界層は暗い不潔で色彩に乏しい世界で、自分の心が自ら選ぶのです。

最上位の七界層は全宇宙の真理と一体化する世界と言われます。波動の速さで界層が変わると述べましたが、物質は原子核(陽子と中性子)の周りをいくつかの電子が素早く周っております。この電子は粒ではあるが、波動でもあるのです。宇宙は全て波動であり、物質は海の波頭に相当するもので、人間の知覚には波頭だけが見えて、海も波も見えないのです。死後の世界は無いと立証する事は大変難しいと言えます。

④制約された五感機能と第六感について

このテーマは、9月9日更新の「五感と第六感についての考察」で、五感そのものの解説はかなり詳しくしておりますので省きます。尚、その中で、~可視光線をはるかに超える未知(未発見)の波長を微弱ではあるが感知する装置が、人間には備わっているのではないか、この波長を私は霊波と仮称したい~と述べておりますが、この受皿が霊感であり、第六感でもあるとしておきます。

さて、人間の心は制約された五感という五つの窓だけから下界を眺めるようにできており、これが全ての真実だと誤解しがちになります。しかし「我々は本来、宇宙に起きている事の全てを知る事ができるが、刺激が強すぎて “この世” での実生活に適さないので、五感を通じてだけ感じられるようになっており、霊能者は、そう狭く制限されていない」と説く学者もおります。

さて、五感について時代をさかのぼってみます。現代の様に、多様な文字のなかった古代は、生存上からも言葉が重要な位置を占めていたと思われます。言葉は言霊(ことだま)と言われ、霊力が宿っていると中世まで信じられて来ました。古代の人(我々の先祖でもある)は、現代人より五感ははるかに優れ、加えて第六感と言われる霊感も強く、 “あの世” の事もかなり知っていたのではないか。現代は預言者、シャーマン、霊媒と呼ばれる人々は、ほとんど姿を消しました。人類の文明は機械化、利便化、そして物質を最高の価値として今日に至りました。そのため本来、人間に備わっていた霊力は著しく退化したのではないかと思われます。そして、物質文明の著しい進化は、人間の心の修業のハードルを、一層高くしていると見る事もできます。

さて、肉体の活動が停止(死)に向かうと、五感機能も消滅に向かいますが、最終的には、第六感(霊感)に統合されてゆくものと思われます。生まれつき目が見えなかった人が、数々のリアルは視覚的描写を口にして亡くなるケースも報告されております。いづれにしろ、人間は自分の肉体感覚に相応した濃度を持つ物質だけしか感知出来ないようにできており、宇宙には物質より稀薄で、精妙な物が存在しており、人間に感じられないからと言って、存在しないとは断定できないのです。

現在、物質の最小単位とされる素粒子は、17種確認されていると言われますが、その一つ、ニュートリノの追跡研究が日本国内(世界でも最先端の施設)で行われております。どんな答えが出て来るのか注目されます。その答えを出すには、幅広い学問分野の英知が求められそうです。

③幽体離脱現象について

さて、幽体離脱という言葉をご存知ですか?瀕死の状態になった時、ベッドの上部から、ベッドに横たわる自分の姿と、自分を救命しようとしている人々や、駆けつけて見守る人々の様子を、回復後、克明に極めて正確に報告するケースです。

日本だけでなく、諸外国でも実例が多数報告されております。脳の錯覚や幻視とする説も当然ありますが、その具体的で生々しい事例報告の前では、説得力はありません。

2018年2月、日本の現役医師(82歳)が出版した本の中に「幽体離脱を医学的に解明する」と題した項目があり、二つの事例が載っております。ご紹介します。

一つ目は、精神科病棟のベテラン看護師の体験です。ベッドに横たわっている患者さんの体から、まるで甲殻類や昆虫が脱皮するように、人間の姿そっくりの物体が空中に浮き上がり、それが静かに壁の方に移動して行き、そのまま壁の中に吸い込まれて行ったのです。見回りをしていた本人は、頭から冷水を浴びた様なショックを受け、その光景に身動き出来なかったとの事です。2時間後には、その患者さんは亡くなりました。

二つ目は、車の衝突事故に遭遇した事例です。路上に横たわっている彼の体から、もう一人の自分が宙に浮くように離れ、路上に横たわる自分を見ています。横たわる自分の周りには、ガラス、タイヤ、ヘッドライト等が散乱しており、戻ろうとする自分と、離れようとする自分の葛藤がしばらく続き、ハッと我に返ると、ICU室のベッドに横たわっていたとの事です。

脳の側頭葉の上端に角回(かくかい)という領域があり、ここを刺激すると、幽体離脱の現象が起こる事があるそうで、著者である医師は、最後に「脳の詳細な働きはこれからますます解明されると思いますが、依然として、解明しきれない現象が起こっている事に改めて驚かされます」と結んでおります。

この現象は、人間は肉体と霊体が合体した構造になっている事を示す、有力な証拠と言えそうです。