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文語体の標本「瀧口入道」再登場

翁のひとりごと | 氣愛塾 翁のひとりごと

9月12日のブログ「文章がとても軽くなった」でご紹介した、文語体の標本「瀧口入道」朗読してみていただけたでしょうか。

平清盛の盛宴で、武骨者の六波羅武士、斉藤龍口時頼が、「横笛」という名の、舞の名手にひとめぼれし、悩む下りでした。当然、この前段があります。本人が、横笛の名を知るくだりです。私の最も好きなこの物語の導入部です。

~此夜、三條大路を左に、御所の裏手の御溝端(みかはばた)を辿り行く骨格逞(たくま)しき一個の武士あり。月を負ひて其の顏は定かならねども、立烏帽子に綾長(そばたか)の布衣(ほい)を着け、蛭卷(ひるまき)の太刀の柄太(つかふと)きを横たへたる夜目にも爽やかなる出立ちは、何れ六波羅わたりの内人(うちびと)と知られたり。

御溝を挾んで今を盛りたる櫻の色の見て欲しげなるに目もかけず、物思はしげに小手叉(こまぬき)て、少しくうなだれたる頭の重げに見ゆるは、太息(といき)吐く爲にやあらん。扨ても春の夜の月花に換へて何の哀れぞ。

西八條の御宴より歸り途なる侍の一群二群(ひとむれふたむれ)、舞の評など樂げに誰憚からず罵り合ひて、果は高笑ひして打ち興ずるを、件の侍は折々耳そばだて、時に冷やかに打笑(うちえ)む樣、仔細ありげなり。

中宮の御所をはや過ぎて、垣越しの松影月を漏らさで墨の如く暗き邊(ほとり)に至りて、ふと首を擧げて暫しあたりを眺めしが、にわかに心付きし如く早足に元來し道に戻りける。西八條より還御せられたる中宮の御輿(おんこし)、今しも宮門を入りしを見、いと本意なげに跡見送りて門前にただずみける。おくれ馳せの老女いぶかしげに己れがようすを打ちみまもり居るに心付き、急ぎ立去らんとせしが、何思ひけん、つとふりむきて、件の老女を呼止めぬ。

何の御用と問はれて、ややためらひしが、『今宵の御宴の終(はて)に春鶯囀を舞はれし、女子は、何れ中宮の御内ならんと見受けしが、名は何と言はるるや』。老女は男の容姿を暫し眺め居たりしが微笑みながら、『扨も笑止の事も有るものかな、西八條を出づる時、色清(いろきよ)げなる人の妾を捉へて同じ事を問はれしが、あれは横笛とて近き頃御室(おむろ)の郷(さと)より曹司(そうし)に見えし者なれば、知る人なきも理(ことわり)にこそ、御身(おんみ)は名を聞いて何にし給ふ』。

男はハツと顏赤らめて、『勝れて舞の上手なれば』。答ふる言葉聞きも了らで、老女はホヽと意味ありげなる笑みを殘して門内に走り入りぬ。

『横笛、横笛』、件の武士は幾度か獨語(ひとりごち)ながら、徐(おもむろ)に元來し方に歸り行きぬ。霞の底に響く法性寺の鐘の聲、初更を告ぐる頃にやあらん。御溝のあなたに長く曳ける我影に駭(おどろ)きて、傾く月を見返る男、眉太く鼻隆(たか)く、一見凜々しき勇士の相貌、月に笑めるか、花に咲(わら)ふか、あはれ瞼(まぶた)のあたりに一掬の微笑を帶びぬ~

現役を退いてからは、機会はありませんが、現在でもほぼ語る事ができます。効果音をバックに朗読が夢です。但し、興味のない人には、早く終わって欲しいと思われそうですが。

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