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ある科学者の受難物語

翁のひとりごと | 氣愛塾 翁のひとりごと

自ら作った望遠鏡で天体を観測し、コペルニクスの地動説を証明したガリレオガリレイ(1564~1642年)は、1633年69歳の時、その説が聖書を冒涜するという罪に問われ、著述も出版も禁じられ、終身監禁状態になった。「それでも地球は動く」と言ったというのは伝説で、彼はこの裁判に服したのだが、しかし、この伝説は、彼の心中を表現したものであった。

1641年11月彼は熱病にかかり、翌年1月8日に死んだが、なお協会の迫害は続き、約100年間その遺体は棺に納められたまま、教会の地下室に置かれ、墓をたてる事は許されなかった。ヴァチカンが、教会側の罪を認め、ガリレオに謝罪したのは、かの宗教裁判から350年後の “1983年” ローマ法王ヨハネ・パウロ二世によってであった。むろん、ガリレオの知ったことではない。

以上は昨年11月24日掲載「私がおすすめの書籍二冊」の一冊「人間臨終図鑑」の一編(ガリレオ)から抜粋したものです。

ガリレオの地動説は、教科書に載っていると思いますが、このような驚くべき顛末まで知っている人は少ないように思います。

現代では考えられませんが、今は既存宗教の力が相対的に低下し、 “科学教” という宗教に支配されています。

革新的説に対する受難は、姿を変えて存在しているかもしれません。

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